なぜ仏壇が家に必要なのか

◇なぜ仏壇が家に必要なのか◇

仏壇の事でよく耳にする話しに、「うちは新宅で仏さん居ないから仏壇無いんです。」
とか「死んだ人もおらんのに仏壇なんか買ったら縁起が悪い。」という話しを聞きます。
皆さんも同じような事を、聞かれたり話されたりしていると思いますが、此 の様な会話
の中に、亡くなった人の位牌をお奉りする所とか死んだ人の家みたいに 仏 壇を見て
おられる、イメージというのがある様に思います。

しかし、それは少し順序が違うという話しをさせていただきます。
現在日本には沢山の宗派やそのお寺がありますが、本来夫々の宗教を信仰する人
の生き方は、一日一度は自分が信仰するお寺の本尊さんの所に礼拝に行くのが、信
仰 を持つ人の本来の生き方だと思います。しかし、お寺に住んでいれば本堂は近い
ので すが、少し離れれば毎日本尊さんの所にお参りに行くのは容易ではありません。


そこで反対にお寺の本尊さんを家にお招きした場所が仏壇なのです。仏壇の本尊さ
んを通じて自分が信仰するお寺の本尊さんに手を合わさせていただいているので す。
ですから、お寺の本堂の出張所が家の中にあると思っていただければ良いかと思いま
す。また新しい仏壇を据えられた時に開眼の作法をさせていただくのは、本尊さんをお
迎えするお勤めをさせていただいているのです。

亡くなった先祖さんのお位牌をお奉りするのは、本尊さんをお迎えした仏壇の、 本尊
さんのひざ元に亡くなった方も祀らせていただくと言うの二番目の目的ですので、家が
新宅で亡くなった方が居なくても、自分が信仰するお寺の本尊さんが居られれば家に
仏壇があって、一日に一度は本尊さんに手を合わさせ ていただく生活があっていいの
です。

今は核家族の家が増えましたが、以前は一軒の家に三世代四世代が生活している
の が一般的だったと思います。人間どうしても避けられない事に「産まれた以上何時
か必ず死ぬ。」と言う厳しい現実があります。歳を重ねれば必ず老化の現実が待って
いてまた病気になる事も増えてきます。 小さな子供たちが普段の生活の中で祖父や
祖母の老化や病気になったりするのを看ながら育つのと、田舎に住んでいるお爺さん
が亡くなったから葬儀の為に都会から田舎に帰り、葬儀やお斎(法事の時の会食)だ
けを見て、人間の老・病・死を見るのとでは、命の重みを感ずる感じ様が違って来る
のではないでしょうか?

私の実父は、私が一歳の時に他界しましたので、物心付いたときから生活の中に仏
壇の存在がありました。 悪戯をして怒られたとき「仏壇の前でお父さんに謝っておいで
」と母に怒られたり 、お腹が空いて「何か食べる物ないの?」と母に聞くと「仏壇にお
菓子があるか ら、 チーンと鳴らして手合わせてもらい。」などと言われてお菓子を貰っ
た記憶があり ます。おそらく皆さんも同じような事を、子供に言ったり親から聞かされた
ししたの ではないでしょうか。

しかし現在は、特に新興住宅地やマンション等に行きますと仏壇の無い家が増えてい
ます。「何か食べる物ない?」って聞くと「コンビニに行って何か買っておいで。」と言う時
代になっているんですね。

今の時代は目で見える現象しか信じない時代になってしまっていますが、 毎日手を合
わせていると目には見えなくても、仏壇の奥に自分に命を伝えてくれた人との繋がりや、
自分を普段から守って下さっているであろう本尊さんとの繋がりを心で感じれる様になる
のではないでしょうか?

朝が忙しければ晩でも結構です。家族皆がそろう時間に、ロウソクをあげて線香を焚
いて、チーンと鳴らして手をアンと合わせるだけでも結構です。それなら一分で出来ると
思います。

なぜ、家の中に仏壇が必要なのかは、家の中に祈りが必要だからです。
ここ近年特に思う事は、他人の命も粗末にするが自分の命までも粗末にする現実で
す 。祈りのある生活と祈りの無い生活には必ず大きな違いが出てくる筈です。

今からでも間に合うと思います。 家庭での祈りが、昔の様に普段の生活の中で自然
に行える家庭が日本中に増えれば、 必ず命の尊さを無意識に感じながら生きられる
社会になるのではないでしょうか?

さあ、今日から御家庭で始めてみませんか?


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